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寺尾岩めぐり

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2019年12月15日

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各務原アルプス 東半

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久しぶりに山に来れて気持ちがよい。

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各務原アルプス

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出張から帰ってまだ体の疲れが残っているが、各務原アルプスに行く。
梅雨の晴れ間が少し覗いた。蒸し暑さから汗をたくさんかいた。


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柿田川湧水

出張でも日曜は休みがあるので、柿田川湧水でのんびり過ごす。美しい川である。



源氏蛍岩   三和町廿屋

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2019年1月18日
下廿屋(つづや)から源氏蛍岩。

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武儀水晶山 ナガザコ 洲原  美濃市上河和

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2019年1月11日
河戸谷から武儀水晶山・ナガザコに登り、西尾根を下る。

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高木山   山之上町伊深

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2018年12月21日
高木山   健康の森より

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梨割山   富加町加治田

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2018年12月9日
梨割山   岐阜県の小さなまち 富加町の山


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鬼飛山   桃太郎伝説

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2018年12月8日
鬼飛山   美濃加茂

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桃太郎

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犬山 木曽川ベリ 桃太郎神社

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各務野

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2018年12月2日
各務野を散策。

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大湫宿   中山道

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岐阜県土岐市に出張中。

大湫宿を見る。
穏やかな高原上の窪地(湫)に立地する大湫宿。
準隆起平原の平坦面の美濃高原の一角である。

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モザイクタイルミュージアム

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岐阜県土岐市に出張中。土岐プレミアムアウトレットで仕事。

多治見のモザイクタイルミュージアムに行く。



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袋坂峠 神淵神社    飛騨街道

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峠の桜の下から御嶽山が見える。

2018年4月13日

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東海道関宿

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2018年4月10日

東海道の中でも最も古い歴史を持つ宿のひとつ関宿。
その発祥は古代までさかのぼり、壬申の乱の頃に置かれた古代三関のひとつ伊勢鈴鹿の関に由来。
依来交通の要衝として栄え、東の追分から伊勢別街道、西の追分から大和街道が分岐して、各方面から多くの旅人が集まる活気のある宿だった。(東海道五十三次写真紀行より)





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花の窟 鬼ヶ城     熊野

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2018年4月3日

熊野 花の窟 鬼ヶ城

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鶴形山と洲原神社  郡上街道(白山への道)

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大御前神社跡 丸い川石は、洲原神社の参拝者が神社前の長良川の川石を持ってお参りすると、霊験な力がいただけるとの言い伝えにより奉納されたもの。

3月11日 洲原神社 鶴形山    郡上街道(白山への道)




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島田宿大井川川越え遺跡

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蓬莱橋。

3月3日 島田宿大井川川越遺跡
      
静岡出張中。

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登呂遺跡

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祭殿

2月18日 登呂遺跡

静岡1ヶ月の出張中。

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上有知(こうずち) 郡上街道

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美濃町。八幡山より

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南東方向に松鞍山。南下していくと開けた盆地の関市へ。

2018年1月21日

郡上街道 美濃

山間地を流れてきた長良川に板取川が合流して平野部に出たところに美濃町がある。
古来から美濃紙の産地として知られ、当地の基幹産業であることから美濃町と命名された。明治時代までは上有知(こうずち)と呼ばれていた。上有知という地名は古代社会の行政組織の名残を示すもので、有知郷(うちごう)の上方(かみがた)に位置していたことを示し、上有知、中有知、下有知地域は牟義都国(むぎつくに)の国造(くにのみやつこ)の所在地ということで「内の郷」という意味をあらわす地域であった。

美濃町は越美山脈南端の山地と濃尾平野北端の中濃盆地との接点に位置する谷口集落として栄えてきた。武芸谷・牧谷・郡上谷・津保谷の山間地域と関・岐阜の平野地域とを結ぶ交通の要衝にあたり、物資の集散地としての役割を持っていた。
戦国時代には郡上八幡方面・飛騨方面に対する要衝の地で戦略的にも重要な位置を占めていた。(岐阜県地理地名事典より)

美濃紙の起源は古く奈良朝時代すでに美濃経紙として写経用に尊重され、中世の公家の日記にも濃紙、濃州紙、美濃紙の文字が見えている。江戸時代になり徳川家康の奨励策で格段の進歩をした。幕府は初め御紙濃屋を設けて紙を納めさせたが、のち大矢田、上有知などの紙問屋に請け負わせて買い入れた。尾張藩は紙漉き村40ヶ村など紙の主産地を領地とし紙を納めさせた。
美濃紙は各方面から注目され、障子紙は美濃を最上とし、周防より出るものこれに次ぐ。陸奥の岩城、下野の那須、安芸の広島のものはこれにつぐ。と言われ、日本一の折り紙が付いていた。


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長良川上流方向。これより山間地に入り川は蛇行し始める。

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長良川下流方向。

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濃州関所

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盆地の中央ー安桜山より 長良川方向。

2018年1月28日

<関盆地>
東西約15km、南北約10kmの星形をなし、東側は加茂野台地、他三方は比高150~250Mの低山性山地に囲まれている。
北から長良川、北東から津保川、北西から武儀川が流入して形成された堆積谷である。盆地内には長良川右岸、津保川左岸にそれぞれ河岸段丘が発達しており、さらに比高100M内外の大小の残丘がいくつか点在している。市街地はこうした残丘部、安桜山、一つ山、梅竜寺山、十六所山、鼻欠山、大洞山に囲まれた盆地の中央やや東寄りに形成されている。

関市は古来「刃物の町」として知られる。
古代。この地は武芸津国の一角をなし、景行天皇の行幸に際し非常守護として関柵が置かれたと伝えられ関の地名の由来となっている(濃州関所)。関鍛冶の隆盛から現代の刃物産業に発展。(岐阜県地理地名事典より)

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北面。

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津保川の向こうに加茂野台地・美濃加茂盆地。

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御嶽

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御嶽。本陣山城址より

2018年1月20日

南部と北部の第三紀の丘陵と、東から西へ流れる可児川の沖積平野がその中心。
御嵩は比較的早く開けた土地で、奈良時代に東山道がつくられた時には上之郷の宿に駅がつくられ、顔戸(ごうど)には郡家があったという。条里制も敷かれていたらしく当時の地割もうかがわれた。
平安時代には天台宗の願興寺が伝教大師(最澄)によって開創され、しばらくは大規模(現在の数倍の敷地であったいう)な七堂伽藍を中心に集落が発達した。
江戸時代に入って徳川家の手で宿駅伝馬の制が定められたときは御嶽と伏見が中山道の宿として整備された。

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美濃加茂盆地

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木曽川に飛騨川が合流する美濃加茂。

2018年1月18日

美濃加茂盆地は美濃加茂を中心とし加茂郡、可児郡にまたがる盆地。
木曽川・飛騨川を主とし、可児川・久々利川の支流の働きによりできた。東西8km、南北5km。

この盆地の周囲にはやわらかい新生代第三紀の地層が分布しており、その外側にはかたい古生代の地層がこれを取り囲むように分布していることから、古生層の窪地に新生代の地層が分布していたところを木曽川が流れ、やわらかい新生代の地層を侵食して土砂を堆積し盆地を作ったものと考えられる。

河岸段丘が発達し、何段もの階段状の地形を示している。河岸段丘は大きく分けると、高位段丘、中位段丘、低位段丘の三段に分けられる。高位段丘はさらに二段、低位段丘は五段に分けられる。(岐阜県百科事典より)

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飛騨川方面。米田白山展望地より

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各務原台地

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2018年1月14日

 地元岐阜から中山道を東進してみようと思う。

 各務原台地は、木曽川が日本ラインの峡谷を経て、濃尾平野東北部に流れ出る右岸に東西10km南北約4kmに展開する台地である。海抜高度は東端(鵜沼内野新田)で約60M、西端(那加新加納)で約20Mで東から西へ(上流から下流)へ緩やかに傾斜している。洪積世の海進時代に、木曽川による扇状地状三角州がその後隆起して形成された河岸段丘である。

 段丘崖の比高は約10Mで、東縁・南縁には2~4段に及ぶ河岸段丘(沖積層)がみられる。台地を作っている主な地層は砂礫層で古生層を不整合に蔽っている。表土は黒ぼくと呼ぶ酸性の強い腐植土のため、適正作物が限定される。地下水面が低く水利の便極めて悪く、明治期まで未開拓原野が残っていた。中山道における難所でもあったらしい。

 台地の東端の鵜沼では御嶽摩利支天外輪山が形成されるとき噴出した溶岩れきを含む火山泥流が砂礫層の上に押し上げている。台地を構成する堆積物とは異質のもので、木曽川泥流と呼ばれている。伊木山北部にもこの泥流が各務原層の上に堆積している。

 台地を東西に貫く中山道の約10kmは、当時は人煙まれな原野で旅の難所であり間の宿新加納と鵜沼宿間には三ツ池、六軒の立場(建場)があり、これが旅人にとりよき休憩地点となっていたようである。(岐阜県地理地名事典より)

台地北部から東部の権現山(317M)をはじめとする(通称各務原アルプス)は標高200~300Mの丘陵となっている。山地は古生代~中生代のチャートが主体、堅いチャートが侵食されず残ったものである。
木曽川縁の独立峰伊木山の東端のキューピーの鼻は岩壁が露出してクライミングエリアになっているが、かつては木曽川の氾濫原であり川の流れに洗われていたかもしれない。


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うとう峠から下りてくると、うぬまの森。陰平山の下部の展望地から。

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中山道 鳥居峠

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奈良井宿から鳥居峠を望む。


中山道最大の難所とされた鳥居峠。
中山道木曽路は宮ノ越宿を過ぎ藪原宿まで来ると、標高1200Mの壁で行く手を阻まれる。
今でこそJR中央線も国道19号線もトンネルで通じているが、かつては鳥居峠を越すよりほかなかった。
713年に吉蘇路(きそじ)が開かれ、馬坂と呼ばれた。当時は木曽は美濃国に属し、峠から北が信濃国だった。
明応年間、木曽義仲の子孫である木曽義元が松本の小笠原氏との戦いで、この峠から御嶽山を遥拝し鳥居を建てて戦勝祈願したことで鳥居峠の名になったという。

峠は中央分水嶺になっており、奈良井川を源流とする信濃川が北に流れ、味噌川を源流とする木曾川が南流する。
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木曽谷の山と街道より


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太郎坊山 箕作山   三上山(近江富士)

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12月22日
太郎坊山ー箕作山ー小脇山ー岩戸山ー太郎坊鳥居

12月22日
三上山(近江富士)表登山道ー裏登山道


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赤目四十八滝

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12月1日

名張 赤目四十八滝

    伊賀上野出張中。少し足を延ばして名張まで行ってきた。

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伊賀上野公園

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11月15日
出張中 伊賀上野公園へ

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