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寺尾岩めぐり

terao11
2019年12月15日

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源氏蛍岩   三和町廿屋

gennji18
2019年1月18日
下廿屋(つづや)から源氏蛍岩。

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武儀水晶山 ナガザコ 洲原  美濃市上河和

nagaza10
2019年1月11日
河戸谷から武儀水晶山・ナガザコに登り、西尾根を下る。

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高木山   山之上町伊深

taka1
2018年12月21日
高木山   健康の森より

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梨割山   富加町加治田

nasi8

2018年12月9日
梨割山   岐阜県の小さなまち 富加町の山


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鬼飛山   桃太郎伝説

onit15

2018年12月8日
鬼飛山   美濃加茂

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鶴形山と洲原神社  郡上街道(白山への道)

suha10
大御前神社跡 丸い川石は、洲原神社の参拝者が神社前の長良川の川石を持ってお参りすると、霊験な力がいただけるとの言い伝えにより奉納されたもの。

3月11日 洲原神社 鶴形山    郡上街道(白山への道)




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上有知(こうずち) 郡上街道

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美濃町。八幡山より

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南東方向に松鞍山。南下していくと開けた盆地の関市へ。

2018年1月21日

郡上街道 美濃

山間地を流れてきた長良川に板取川が合流して平野部に出たところに美濃町がある。
古来から美濃紙の産地として知られ、当地の基幹産業であることから美濃町と命名された。明治時代までは上有知(こうずち)と呼ばれていた。上有知という地名は古代社会の行政組織の名残を示すもので、有知郷(うちごう)の上方(かみがた)に位置していたことを示し、上有知、中有知、下有知地域は牟義都国(むぎつくに)の国造(くにのみやつこ)の所在地ということで「内の郷」という意味をあらわす地域であった。

美濃町は越美山脈南端の山地と濃尾平野北端の中濃盆地との接点に位置する谷口集落として栄えてきた。武芸谷・牧谷・郡上谷・津保谷の山間地域と関・岐阜の平野地域とを結ぶ交通の要衝にあたり、物資の集散地としての役割を持っていた。
戦国時代には郡上八幡方面・飛騨方面に対する要衝の地で戦略的にも重要な位置を占めていた。(岐阜県地理地名事典より)

美濃紙の起源は古く奈良朝時代すでに美濃経紙として写経用に尊重され、中世の公家の日記にも濃紙、濃州紙、美濃紙の文字が見えている。江戸時代になり徳川家康の奨励策で格段の進歩をした。幕府は初め御紙濃屋を設けて紙を納めさせたが、のち大矢田、上有知などの紙問屋に請け負わせて買い入れた。尾張藩は紙漉き村40ヶ村など紙の主産地を領地とし紙を納めさせた。
美濃紙は各方面から注目され、障子紙は美濃を最上とし、周防より出るものこれに次ぐ。陸奥の岩城、下野の那須、安芸の広島のものはこれにつぐ。と言われ、日本一の折り紙が付いていた。


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長良川上流方向。これより山間地に入り川は蛇行し始める。

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長良川下流方向。

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濃州関所

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盆地の中央ー安桜山より 長良川方向。

2018年1月28日

<関盆地>
東西約15km、南北約10kmの星形をなし、東側は加茂野台地、他三方は比高150~250Mの低山性山地に囲まれている。
北から長良川、北東から津保川、北西から武儀川が流入して形成された堆積谷である。盆地内には長良川右岸、津保川左岸にそれぞれ河岸段丘が発達しており、さらに比高100M内外の大小の残丘がいくつか点在している。市街地はこうした残丘部、安桜山、一つ山、梅竜寺山、十六所山、鼻欠山、大洞山に囲まれた盆地の中央やや東寄りに形成されている。

関市は古来「刃物の町」として知られる。
古代。この地は武芸津国の一角をなし、景行天皇の行幸に際し非常守護として関柵が置かれたと伝えられ関の地名の由来となっている(濃州関所)。関鍛冶の隆盛から現代の刃物産業に発展。(岐阜県地理地名事典より)

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北面。

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津保川の向こうに加茂野台地・美濃加茂盆地。

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御嶽

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御嶽。本陣山城址より

2018年1月20日

南部と北部の第三紀の丘陵と、東から西へ流れる可児川の沖積平野がその中心。
御嵩は比較的早く開けた土地で、奈良時代に東山道がつくられた時には上之郷の宿に駅がつくられ、顔戸(ごうど)には郡家があったという。条里制も敷かれていたらしく当時の地割もうかがわれた。
平安時代には天台宗の願興寺が伝教大師(最澄)によって開創され、しばらくは大規模(現在の数倍の敷地であったいう)な七堂伽藍を中心に集落が発達した。
江戸時代に入って徳川家の手で宿駅伝馬の制が定められたときは御嶽と伏見が中山道の宿として整備された。

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美濃加茂盆地

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木曽川に飛騨川が合流する美濃加茂。

2018年1月18日

美濃加茂盆地は美濃加茂を中心とし加茂郡、可児郡にまたがる盆地。
木曽川・飛騨川を主とし、可児川・久々利川の支流の働きによりできた。東西8km、南北5km。

この盆地の周囲にはやわらかい新生代第三紀の地層が分布しており、その外側にはかたい古生代の地層がこれを取り囲むように分布していることから、古生層の窪地に新生代の地層が分布していたところを木曽川が流れ、やわらかい新生代の地層を侵食して土砂を堆積し盆地を作ったものと考えられる。

河岸段丘が発達し、何段もの階段状の地形を示している。河岸段丘は大きく分けると、高位段丘、中位段丘、低位段丘の三段に分けられる。高位段丘はさらに二段、低位段丘は五段に分けられる。(岐阜県百科事典より)

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飛騨川方面。米田白山展望地より

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洲原神社 鶴形山ー滝の洞山

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2016年1月11日 洲原神社から鶴形山ー滝の洞山

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見坂峠 高沢山ー大仏ー本城山

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2015年12月12日 美濃の峠<見坂峠>より高沢山ー大仏ー本城山

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汾陽寺山~権現山  美濃

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2015年4月12日
寺尾ヶ原千本桜から山に登る。


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高木山  美濃加茂

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2015年2月4日
美濃加茂の高木山に登る。

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鳩吹山氷場ルート 

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2014年12月31日
木曽川縁のカタクリ群生地から氷場(こおりば)ルートで鳩吹山に登る。
今日は夕方までよく晴れて少し暑いくらいだった。

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2014.11.27 美濃 誕生山~天王山~大矢田もみじ谷

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極楽寺から誕生山に登り、縦走して天王山。大矢田神社もみじ谷に下る。


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